Web ZINE『吹けよ春風』

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地中に眠る物語(諸橋隼人)

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季節はすっかり春ですね。

友人の相馬さんから、今年も「吹けよ春風」に誘っていただき、書かせてもらうことになりました。

ところが、何を書いていいのかわからない。どうしよう。

そんな中、紆余曲折あり、ひとつネタを拾うことができました。

少し変わった話ですが、最後まで読んでいただければ幸いです。

 

 

 

どうしよう。何も思い浮かばない。

スマホが震える。わかっている。編集担当からの電話だ。文芸誌に載せる短編の原稿を、催促するつもりだろう。しつこいコールが続くが、出たところでしょうがない。

時間はたくさんあったはずなのに、アイデアひとつ浮かんでいないのだから。

罪悪感はある。彼は過去作のファンだと言って、手を差し伸べてくれた。

ゴミみたいなネット記事で食いつないでいた、こんな私を気にかけてくれたのだ。

そんな相手を裏切るのだ。私だってつらい。

ああ、あの頃は良かった。文芸賞を獲った時なんて、有頂天だった。

海外のとある作家が言っていた。

「物語は太古から地中に埋まっていて、小説家はそれを彫り出す作業をするだけだ」と。

そんな言葉にも納得できたものだ。突然ハッとネタが浮かび、するりと書けた。

今は違う。私の足元には、価値のあるものは何ひとつも埋まっていないだろう。

もはや、掘る気すら失った。

小説家としての人生は、ここまでか。どんよりとした寒空も相まって、お先真っ暗だ。

 

その時、チャイムが鳴った。荷物が届いたのだ。

小さな箱を受け取る。何かを注文した覚えはない。

いったい、誰が何を……。箱を開けて見た。そこには、ジャガイモが一つ入っていた。

よく見ると、一枚のメモ紙が同封されている。

「ネタイモを差し上げます。これを食べれば、小説のネタが湧いてくることでしょう TEL:090‐××××……」

差出人の名前がない。電話番号を検索したが、思い当たる人物はいなかった。

ネタイモ?小説家が住んでいると知った者が、いたずらで送ったのだろうか。

まさか、編集担当が行き詰った私に刺激を与えようと……いや、真面目な彼に限ってそれはないだろう。

悪ふざけではあるが、すごいタイミングだ。何しろ、ネタの枯渇に悩んでいた真っ最中なのだから。

その上、腹が減っていた。毒が入っていて死んでしまったとしても、その時はその時だ。

私は電子レンジでイモをふかし、バターを塗って食べることにした。

 

翌月。文芸誌に掲載された私の短編は、非常に高い評価を得た。

他人に賞賛され、久しく味わっていなかった喜びを私は噛みしめた。

全てはあのイモ……「ネタイモ」のおかげだ。

あれを食べた時、不思議な現象が起きた。

情報と感情が、脳になだれ込んでくるような感覚に襲われたのだ。

短い物語が、一瞬にして頭の中にインプットされた。

あとは、PCに向かい、キーボードを打つだけだった。あっという間に物語が一つ、完成した。

思わぬ形で作家生命を繋ぎ、同じ雑誌から再び短編のオファーをもらうことができた。

さっそく執筆を始めよう……と思った時、気がついた。

何を書いていいのかわからない。まずい、また絶望感が膨らんでくる。

そんな時、ハッと思い出した。

私はすぐに、イモと一緒に入っていたメモを手に取り、電話番号を入力した。

 

「現金100万円用意して、指定の場所に来てください」と、電話口の男は言った。

貯金をすべて下ろし、金目のものは全て売り、何とか100万円を工面した。

男が指定した場所に向かう。

民家がぽつぽつと点在しているだけの、限界集落

その更に奥、小さな畑のある一軒家がその場所だった。

 

気配を察したのか、家から出てきた男が迎えてくれた。

薄汚いロングコートに、伸びきった髪。その男こそ、ネタイモの送り主だった。

「不思議でしたでしょう。うちのイモ、食べると物語のアイデアが湧くんです」

そう言って笑う男の歯は、黄色い。

「それで、お金は用意できましたか?」

私は100万円の入った紙袋を男に見せる。満足そうな表情を浮かべた男は、イモが十個入った段ボール箱を差し出してくれた。

「本物かどうか確かめたい。今ここで、ひとつ食べることはできますか?」

そう話すと、男はガレージにある電子レンジでイモを温めてくれた。

それを口にした瞬間、私は確信した。これでまた、新作が書ける。

 

それから先は、怖いほど順調だった。

文芸誌の短編を難なくこなすと、他の雑誌からも複数の執筆依頼をもらった。イモを食べて、新作を書きおろすと、どれも非常に高い評価を得た。

勢いというのは不思議なもので、恋人もできた。

家事は苦手だが、明るくてかわいい、私にはもったいない彼女だった。

ネタ探しも取材も不要、ただイモを食えばいいのだ。

嗚呼、ネタイモ。ありがとう、ネタイモ様。

ついに、その日がやってきた。

「長編を出しませんか」と大手出版社に提案されたのだ。もちろん、二つ返事でOKした。

単行本を出せるなんて、いつぶりのことだろう……。

 

出版社での打ち合わせを「なにかいい感じの話を考えます」と乗り切り、家に帰る。

台所の電気がついているのが、窓から確認できた。珍しく、彼女が台所に立っているらしい。

玄関から声をかけるも、彼女の返事はない。

台所を見て、ハッとした。ガスコンロの上のフライパンからは、灰色の煙が上がっている。

大変だ……私は慌てて、火を止めた。火事になる所だ。

その時、ベランダから洗濯物を持って、彼女が部屋に入ってきた。

「あ!火かけたまま、忘れてた!ごめん!」

フライパンの中、真っ黒になった食材を見たとき、謝る彼女の声が遠くなった。

これは……イモだ。ただのイモじゃない。ネタイモだ。

長編のためにとっておいたネタイモを、彼女は消し炭に変えてしまったのだ……。

 

怒鳴り散らしたい衝動を抑え彼女を帰らせると、私は男に電話した。大丈夫、短編の連載で受け取ったギャラを使って、イモを少しわけてもらえばいいのだ。

しかし、男の返事は意外なものだった。

「ネタイモはもうありませんよ。今シーズンに収穫された分は、すべて出荷されてしまいました」

全身から嫌な汗が噴き出し、顔が熱くなる……。

 

私はすぐに、男の家を訪れた。

「一つでもいい! 一つでもいいから、ネタイモをわけてくれ!」

興奮する私とは対照的に男は落ち着いていて「まいったなぁ」と、黄色い歯を見せる。

「全部収穫しちゃったけど……もしかしたら畑に一つくらいは残っているかもしれません」

男の言葉に希望を見出し、私は畑に入った。

スコップで畑を掘り、必死でイモを探す。「地中深くに、根を張るんですよ」

男に言われ、私はどんどん深く掘る。

冷えた外気に突然さらされたミミズたちが、わらわらと蠢く。構わずに、ひたすら掘る。

「もっともっと深くですよ。頑張ってください」

男の背後には西日が差し、その表情はうかがい知れない。

出てこい、出てこい、俺のネタ! 俺のネタイモ!

やがてスコップに、何かが引っ掛かった。白くて丸い……イモだ!

私はスコップを放り、手でそれを掘りだした。やっと手にした大きなイモ。この大きさなら、きっと長編が書ける!

いや、違う。イモじゃないぞ。これは……。

沈む寸前の鋭い陽にそれを掲げ、目を凝らした時、強烈な衝撃が体を走った。

何が起きたのか、理解が追い付かないまま、私は畑の土に倒れ込んだ。

私の手から滑るように転がったそれが、人の頭蓋骨だと理解した時、激しい痛みが後頭部を脈打った。身をよじって背後を見ると、男がスコップを持って立っていた。そうか、あのスコップで殴られて……。

遠くなる意識の中、男が笑いながら説明する。

「ネタイモの種の話はしていませんでしたね。ここはアイデアが収穫できる畑です。その種となるのは、アイデアを生み出す存在……。そう、人間です。あなたからは、どんなイモができるでしょうか」

男は、私を残して穴の上へと這うようにして登っていく。

「春の収穫が楽しみです。悩める小説家や漫画家に、高値で買ってもらうことにします」

頭上から、土が降り注ぐ。視界が狭くなっていく。

ああ、こんなことならイモになんて頼らず、もっと必死に頑張るべきだった。

イデアを掘り出そうなんて、甘い考えだったんだ。

空が覆われ、鼻の穴にまで土が入ってくる。

この体が誰かのネタになるのなら、せめて少しでも面白い話になりますように。

 

 

 

(終)

 

 

いかがでしたでしょうか。楽しんでもらえていたら嬉しいです。

この話をどうやって思いついたのかって?

すみません。このあたりで終わりとしたいと思います。

電子レンジが鳴りましたので、次の話に取り掛からなければ。

 

 

 

諸橋隼人

脚本を書いています。執筆作品はアニメ「サザエさん」「ドラえもん」、ドラマ「闇部‐REAL‐」「アイゾウ 警視庁・心理分析捜査班」「世にも奇妙な物語」など。