Web ZINE『吹けよ春風』

Web ZINE『吹けよ春風』と申します🌸

小さいものの大きい変化(橋本夏)

 引っ越しをした。子が来年小学校にあがることや、住んでいた賃貸の壁に「そういうデザイン?」ばりにカビが発生しまくること、夫が上階に住んでいるフランス人から脳みそに埋め込むチップをすすめられたことなど理由はいろいろあるけど、とにかく引っ越しをした。子の保育園を変えるのが面倒だったので、同じ区内で、ほぼ生活圏が変わらない場所になんとか良さげな中古マンションを見つけた。三ツ口コンロ、ウォシュレット付きのトイレ、浴室乾燥機など、前住んでいた賃貸にはなかったものに囲まれ、QOLは爆あがり。心なしか夫と家事の分担で喧嘩する量も減った気がする。

 同じ区内での引っ越しだし、生活環境自体はそんなに変わらない中、ひとつだけ小さいけど大きい変化があった。それはコバエだ。どれだけゴミの処理に気をつけても、いつの間にか部屋の中を飛んでいることでおなじみのあのコバエ。その生態というか性格が、前の家と今の家では全然違う。私は脚本を書く仕事をしているので、基本的には一日中部屋でパソコンに向かっている。前の家では、「私ってもしかして死体なのかな?」と思ってしまうぐらい、コバエが仕事中の私の周りをブンブン飛び回り、しかも動きが早くて全然捕まえられなかった。仕事に集中しているふりをして、相手がどこかにとまるのを待って、バチンとつぶそうとするけど逃げられる、の繰り返し。それが今の家に引っ越してきて変わった。もちろん相変わらずコバエは出るし、私の周りを飛び回っているので私が死体である可能性は消えていない。ただ、なんというか動きがノロい。どこかにとまるのを待つまでもなく、飛んでいるやつを一発で仕留められる。最初に仕留めたとき、自分の瞬発力が劇的にあがったのかと思ったけど、次もその次も同じように仕留められたため、これはコバエ側に理由があると確信した。夫も同じことを感じていたらしく「この家のコバエはフワフワしている」と言っていた。確かに、前の家にいたのはコバエ界のプロだとするなら、今の家にいるのはアマチュアっぽい。そう考えるとなんだか潰してしまうのが可愛そうな気になってくる。でも私は今日も多分コバエを倒す。自分が死んでるなんて信じたくないから。

 

【プロフィール】

橋本夏

脚本を書いています。4月からフジテレビ系にて脚本を担当したドラマ「わたしのお嫁くん」が放送されています。