Web ZINE『吹けよ春風』

Web ZINE『吹けよ春風』と申します🌸

ある春の夜のビール(とんこつ一番豚しぼり)

ビールが好きだ。
一日の仕事の後にクッと飲むビールも、休日の昼間に大きな公園でのほほんと飲むビールも、
風邪っぴきの日に「なんか味が変……?」と思いながら騙し騙し飲むビールも、嫌いじゃない。
コロナに罹り、熱や咳に苦しんだ末に迎えた隔離解除の日。
いつものビールが震えるほどおいしかった。

酒に強くはないけれど、飲むことを楽しめる身体でよかったと思う。
酒に頼ることはないけれど、酒に助けられたことはたくさんある。
おいしいビールを飲み、好きなものを食べ、よく笑い、よく眠る。
これが私の健康。ビールという名の健康法だ。

初めて一人でビールを飲んだのは、学生時代。
近所のラーメン屋だった。
夜、他愛もないことで家族と言い合いになり、むしゃくしゃして家を出た。
大通り沿いの店のカウンターに座り、ラーメンとビールを頼んだ。
餃子も追加した。
夕食を食べた後だったけれど、なんだか無性に腹が減っていた。
待っている間、家族と投げ合った会話がよみがえる。
腹が立っていた。
なんであんなこと言うんだろう。
なんであんなこと言っちゃったんだろう。
麺が茹でられる香りと、油と蒸気と、店の灯りの白さが強烈だった。
その強烈さがだんだんと心地よくなっていった。

生ビールが注がれてカウンターに置かれた。
重たいジョッキの把手をむんずと掴んで、勢いよく一口飲んだ。
軽い泡とキンと冷えたビールが喉から腹へすーっと通っていく。
うまかった。
初めておいしいビールを飲んだ。
ラーメンも餃子もそれはそれはおいしかった。
麺をすすり、熱々を頬ばりながら、帰ったら謝ろう、と思った。
二十歳の春の夜だった。

後日アルバイト先の店長に、お酒飲むんだっけと訊かれたのでこの日の話をした。
すると、女の子が夜のラーメン屋で一人でビールねえ、それはちょっとどうかと思うけど、と笑われた。
心の底から、うるせえ、と思った。
これから私は、私の好きな場所で、好きな時に、好きなものを飲む。
そのことを誰にも否定させないし、笑わせない。
たとえ否定されて笑われても傷つかない。
傷つくよりも、おいしいものをおいしいと思える方が大切だ。
そう思って、あれからずっとおいしいビールを飲んできた。
くよくよする時も、うきうきする時も、ビールはいつでもおいしかった。
ビールよ、ありがとう。
君に救われた。
春の風のように軽やかに、私の気分を踊らせる。
あの日のラーメン屋の屋号には、「風」という字が入っていた。