Web ZINE『吹けよ春風』

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『トランジスタ技術』を圧縮する(相馬 光)

君は『トランジスタ技術』という雑誌を知っているか。
あ、やっぱいきなり君とか言ってごめんなさい。あなた様はご存知でしょうか。

1964年に創刊し、”役にたつエレクトロニクスの総合誌”として今も尚、根強い人気を誇る伝説の雑誌だ。

toragi.cqpub.co.jp


この雑誌から生まれた小説がある。
それが宮内悠介氏の『トランジスタ技術の圧縮』だ。
超動く家にて』という名前からして最高な短編集に収録されており(家、ほんとに超動いてます)、Web東京創元社無料公開されているのだ。


www.webmysteries.jp

 2022年から開催が中断されていた「トラ技圧縮コンテスト」。2036年に最後の大会開催が決定した。決勝は、仕上がりが美しいが時間のかかる「アイロン派」と、手順を省略でき速いが仕上がりが見劣りする「毟り派」の戦いとなる。
 「アイロン派」の祖である関山の弟子梶原と,関山の元1番弟子にして「毟り派」の旗手坂田が、胸の奥底でくすぶり続けていた己の理想の姿を賭けて激突する。
(『トランジスタ技術』2023年2月号予告ページより抜粋。)


あらすじを読むだけでも熱き物語であることと、やたらディテールが細やかな架空競技を作り上げたことが伝わってくる。
読んでいる間ずっとにんまりしてしまうので外で読めないのが難点だ。

この作品内に出てくる「圧縮」という技に惹かれた。
愛読している雑誌を長く保管しておきたい、という思いにはとても共感できる。
自宅にもずっと取っておきたい雑誌はたくさんある。
そして個人的に、昨年まで雑誌専門の図書館、大宅壮一文庫に勤務していたことも大きい。
昨年の『吹けよ春風』では大宅壮一文庫へ行き、 雑誌ではなくその複雑怪奇なバックヤードをひたすら紹介する記事を書いた。

fukeyoharukaze.com

大宅壮一文庫で勤務していた仕事のひとつとして、ブッカー作業がある。
雑誌を綺麗に保管するために透明のフィルムでコーティングするのだ。
ペンチとハサミと、本来は定規を使って気泡が入らないようにするのだが、布用?か何かのすごく手にフィットするけど名前のわからない器具を駆使していた(動作付きで「ブッカーのアレ」と呼べばそれで通じていたので正式名称を知らずのまま退職してしまったことが悔やまれる)。
背表紙がステーブルで留まっているものや、背が角張っているものでやり方が違うので、慣れるまではある程度の経験を積まなければならない。
5年間勤務していると、何も考えずに手だけが勝手に動くようになる。
むしろそういう時の方が気泡が入ったりせず綺麗に出来るのが不思議だった。
何か敬虔な修行を積んで特殊技能を身につけたような気分になったのを思い出す。


あっ、逸れた。『トランジスタ技術』だ。
今年創刊700号(!)を迎え、その記念企画の一環として、本来東京創元社の出版物である『トランジスタ技術の圧縮』がなんとCQ出版社の別冊付録として収録されることになったのだ。
しかも新作『続トランジスタ技術の圧縮 ー新たなる旅立ち』まで併録されている。

 

元々『トランジスタ技術』は分厚い雑誌として有名だった。
しかし分厚い雑誌であるが故に集めていくうちに本棚を圧迫してしまう。
愛好家たちはこの厚き雑誌を長く大切に保管するために、あることを閃いた。

雑誌から不要なページを抜き取っちゃえばいいじゃん!

こうして『圧縮』なる技術が誕生したのだ。
この作品内で登場するのが、広告ページを手の力で毟り取る”毟り派”と呼ばれる流派と、アイロンの熱で背表紙の糊を溶かして広告ページを抜き取る”アイロン派”と呼ばれる流派だ。
この”アイロン派”のやり方に強い興味を持った。

だから、やってみた。

ラズパイ、気になる言葉だ

本当は80年代あたりの、これは保管し続けるの相当難しいな……と思えるほど厚い時代の『トランジスタ技術』を圧縮してみたかったのだが、オークションサイトやフリマサイトを見てみても圧縮済みのものがほとんどだった(未圧縮のものもあったがお財布との兼ね合いで断念した)。
フリマサイトに並ぶ圧縮済みの『トランジスタ技術』を見て、「本当にみんな圧縮してたんだな……」と正直ちょっと感動したりした。
出版不況など色んな事情もあるせいか、今は半分くらいのサイズだ。

こんなにお痩せになって……

まずは広告ページがどれくらいあるのかを探っていく。
表紙〜本誌までの広告がこちら。


次号予告〜裏表紙までの広告。


やらなくてよくね?


正直そう思ってしまったが、やらないことには記事にならない。
なのでアイロンを引っ張り出す。


普段は衣服にしかアイロンをかけないので、アイロン台に『トランジスタ技術』が乗っていることにすごい違和感がある。

アイロンを用いた圧縮の方法は、『トランジスタ技術の圧縮』内でも言及されている。

 背表紙の糊をアイロンの熱で溶かして取り外し、いったん記事や広告をばらばらにする。それから目次や記事のみをまとめ、ふたたびアイロンを用いて背表紙を整形するとともに溶かした糊でページを接着する。背表紙は、文字のバランスや見出しの情報を鑑み、最も映える部分を残して折り、余った表紙の端を切り落とす。
 しかし、設定温度が低すぎると糊が溶けず、といっても高すぎると本を焦がす。本の刊行年代や、湿度といった外的要因もある。そのため、高い職人技が要求される。
 これについて、関山が有名な言葉を残している。
 いわくーー「アイロンには、背骨があるのだ」
(『トランジスタ技術の圧縮』本編より抜粋。)

なるほど、確かにアッツアツのアイロンを当てたら焦げちゃうよなと思い、「低」に設定する。


アイロンが温まったら、いよいよ背表紙に雑誌をあてる。
だけど、怖い。
急に燃えたらどうしよう、とか色々考えてしまいしばらく手にもったまま考え込んでしまった。
しかしやってみないことにはどうにもならない。
なので、えいやと当ててみた。

生まれて初めて雑誌にアイロンをあてましたの図

背表紙の全体をアイロンを滑らせてみたが、変化は感じられない。
どのくらいの時間あててればいいのかわからないがとりあえずアイロンを上下させてみる。
時折背表紙を触り、熱くなりすぎていないか確認しつつ3分ほどあててみた。
試しに背表紙をめくってみると……

ペリペリと剥がれていく!
少し力を入れるだけで気持ちよくツルーと剥けていく。

本誌や背表紙が破けたりすることなく外れていく。
上部を外している間に下の部分が冷えてきてしまうかもと思い、上半分を剥がしたら下部にアイロンをしばらく当て、また剥がすみたいな流れで外した。

一瞬この背表紙全部手で剥いちゃってるけど、それって”毟り派”なんじゃない?とも思ったが、まあいいじゃないか。こまけえこたぁいいんだよ。

きれいに外れた!すごい!
ちなみにこの写真を撮ろうとした時中央下のQRコードが反応してしまい、急にAmazonに飛んでしまい一瞬本気で乗っ取られたかと思った。

おどろかすなやい

次は広告ページを抜き取っていく。

スルスル取れていくのが面白い。
一応広告ページ内にも何か本誌の内容が混ざっていないか確認する。
するとめちゃくちゃ大事なページがあった。
トランジスタ技術の圧縮』の人物相関図だ。

ンモー、言ってよね

必要なページを本誌に合わせ、再び背表紙にアイロンをあてる。

溶けた糊がまた背表紙と本誌にくっつき、外れなくなるのだ。
すごい、無駄がない。
今回は広告ページの量もそこまで多い訳ではないので裁断はしなかった。
きれいにできた!と思ったが、アイロンの熱のせいか背表紙に汚れが。

これは”アイロン派”の師匠に怒られそうな汚れだ。
まだまだ修行が足りない。

正味10分くらいだったが、とっても濃い時間を過ごした。
自宅にある、見慣れたものであっても組み合わせ次第では全く別の景色を見せてくれるのだな。

次はもっと分厚い雑誌で本格的な圧縮をしてみたいと思う。
みなさんもぜひとも毟ったりアイロンを当てたりして欲しい。

それでは。

「安心」はここから!の位置、絶妙だな



相馬 光(そうま ひかる)

脚本を書く金髪の猫舌。『NOW LOADING』『死にたい時に食べるメシ』『オクトー 〜ふたつの家族〜』『教祖のムスメ』世にも奇妙な物語(『何だかんだ銀座』『成る』)『BACKGROUND』『新米姉妹のふたりごはん』『WDRプロジェクト』メンバーなどなど。

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