Web ZINE『吹けよ春風』

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発展途上演技論・筒からの、編(平野鈴)

 

「筒になりたい」と、一年前の自分は言っていた。そして今も、基本的にその気持ちは変わってはいない。
「筒になるってなんだよ」と思い続けると同時に、「でもやっぱな〜、筒なんだよな〜」の日々である。どんな日々だよ。

 

平野鈴と申します。鈴と書いて「れい」と読みます。
予鈴とか、金剛鈴とかと同じです。

俳優です。

 

この記事は『発展途上演技論・筒編』(『吹けよ春風』2022年復刊号に寄稿)で述べたことを下敷きとしています。「筒になりたい」とひたすら言っているだけではありますが、ぜひお読みいただけたら。

 

fukeyoharukaze.com

 

 

では。

 

 

 

 

はじめに

前回は、自分の考える良い俳優とはなんであるかについて、演技における「筒」と呼んでいるものの概念について、また俳優個人の作業について、などを書くことを試みたように思う。

あれを書き終わってからも、相変わらず演技/芝居について、ああでもないこうでもないと頭で考える日々を過ごしていた。もちろんずっと記事のことは頭の片隅に置かれていたし、従って「筒になる」ということについてもこねくり回してはいたが、どこか釈然としないままではあった。

釈然としないままであったというのも、『筒編』ではひたすらにただその考え方を記したに過ぎず、ではその「筒になる」とは結局のところ一体どういうことなのか、具体的にはどんな作業が必要なのか、それはどのようにして行えるというのかというところまでは届かずに終わってしまったからだ。

さらには特に重要であるかと思えそうなところほど、最も感覚的で最もぼんやりとした輪郭の言葉で書かれてある自覚がある。

 

そんな中、今年に入ってから携わったひとつの現場を経て、その釈然ともせずぼんやりとしていたものをこれまでとはまた違う観点から眺められそうな気配を感じた。今回は「筒」を出発点としてより具体的な考え方や例を探しながら、演技や芝居について前回では届かなかった場所へ、これを書きながら枝葉を伸ばしてゆきたい。

 

 

演技と芝居の違いについて

そのためにはまず、わたくしの考える「演技と芝居の違い」について触れなければならない。

大雑把な枠組みにはなるが、

演技とは、その字面からも読み取れるように、演じる技であり、また、演じることそのもの。

芝居とは、演技を以って展開されるもの。

と言い表してみたい。

さらにくだけようとするならば、「演技はひとりでもできるもの、芝居はひとりではできないもの」とも言えるかもしれない。もちろんこれには、観客と呼ばれる立場の人々も含まれている。

正しい定義ではないかもしれないしもちろんこれが全てというわけではなく、今回においてはこの考え方ををひとつの前提として進めていきたい。

 

その前提に照らして改めて「筒になる」ということを考えたとき、やはりそれは演技の方法のひとつでしかないのだと結論づけた。

たしかに曲がりなりにも“演技”論と銘打っているわけで、そう、そのような意味ではべつに、あれでよかったのだと思うし間違っていたと言うつもりはない。冒頭に記したように今でも基本的に「筒になりたい」とは思い続けているし、そもそも正しさという評価軸では語れないものでもある、とも思っている。

ただ、圧倒的に不十分ではある。なぜならわたくしは、もしも、良い/立派な演技というものがあり、それができたとて何かのゴールに辿り着くとは考えていないからだ。演技の先には芝居があるし、芝居の先はもっとさまざまなものに繋がっているはずだ。先、という言葉が適当かどうかはわからない。

 

前回の記事で述べたものには、コミュニケーションが、自分以外の存在についてが薄かったのではないか。そこに不十分さを感じていたのだろう。もし先に書いた前提に基づいて考えるならば、そう感じて当たり前なのだ。

自意識を保ったままいかに自分を手放せるか、やら、どれだけ自覚的に無意識になれるか、やらを書いたくせに、結局、考えていたのは自分がどう在れるかやどう変われるかなどといった、“自分”のことでしかなかった。

 

 

「ひらく」という言葉

2023年1月25日〜29日に座・高円寺1で上演された、韓国現代ドラマリーディング ネクストステップVol.1のプログラム『青々とした日に』(原題『푸르른 날에』 作 チョン・ギョンジン)。

これは、今回に向けてはじめて翻訳された韓国の戯曲を、ドラマリーディングというかたちで上演する企画だった。

翻訳家も演出家もキャストもすべてオーディションによって選出されたメンバーで構成されたこの機会に、わたくしは演出助手という立場で参加した。演出助手という立ち位置は生まれて初めてのことで右も左もわからないまま始まったのだが、振り返ってみればわたくしは、俳優として、俳優の目線を以って、あそこにいようとしていたのだと思う。これには「俳優の目線を以って」とはいったいどういうことなのかという説明があるべきかもしれないが、それについてはまた別の機会に譲ることにする。

演出は藤原佳奈。藤原佳奈とは2013年に、『夜明けに、月の手触りを』という演劇作品を共につくった。

 

この現場で、「ひらく」という言葉と出会った。演出・藤原佳奈が持ち込んだ言葉である。座組にとってこの「ひらく」は、ひとつの大きなキーワードのようなものになっていた。

 

ひらく、開く、拓く。

 

ひらく、とは?ということとも向き合い続けた、と言っても過言ではないかもしれない。

「ひらく」を我々は、さまざまなシーンで頻繁に使った。身体をひらく、場をひらく、意識をひらく──そういったかたちで。ある種、非常に抽象的/感覚的な言葉のままで存在していたようにも思う。定義が明確に決められないまま何かを指す言葉としてひとつの場で機能するということ自体が、不思議でおもしろい現象だったなと今になって思う。ということはおそらく、俳優それぞれにとっての「ひらく」が存在していて、かつ、それぞれのまま“感覚的な部分で”リンクしあっていたのだ。

 

そこでまずはこの「ひらく」を、わたくし個人の解釈によって具体的に考えてみたい。

 

「ひらく」という言葉そのものの定義が明確ではなかったと記したが、稽古で俳優たちを注意深く見ていると、そのひとが「ひらいている」、または、「とじている」ときに、あらゆるシグナルを発していることに気がついた。

例えば、

 

ひらいている俳優は、地に足が着いていて視野が広く、声がよく通る。様々な物事に気がつき自由に動き回り、または動かずにいることの選択を常にとり続けている。だからこそこちらからは俳優自身の次の動きが予測できないし、そのため新鮮さを持ち続ける。そしてなにより、まとう空気が柔らかい。柔らかい空気は変形し、流れ、循環し、交わってゆく。その身体は、見ているこちらを心地よくさせる。

 

とじている俳優は、身体に余分な力が入り、声の響きは硬く、視線/目線は不自由である。とにかく忙しなく動くか動けないかでいるし、また、予想外の出来事が起きたときには「正解」を探そうと動く。そして空気も必然、常にピンと張り詰める。常にピンと張り詰めているということは、それ以上にもそれ以下にもならないということだし何とも交わることができない。その身体は、見ているこちらを窮屈にさせる。

 

というものが挙げられる。

「ひらく」の定義が俳優それぞれで違ったものだったとしても、不思議と身体にあらわれてくるものは共通するものがあった(あるいは、身体の状態から「ひらく」が誘発される可能性があるとも考えられる)。

 

では、「ひらく」ためにはどんな意識や行為/作業を通ればよいのだろうか。

俳優たちを見つめながら、「自分自身と距離をとる」という考えに至った。いやいや自分と離れることなどはできないと『筒編』で書いていたじゃないか、と思われるかもしれない。その通りである。だがしかし、それは物理的な──身体や声はじめ、すでに備わっているものという意味での──条件下においてのみの考え方であって、条件を変えてみるとあらゆる可能性が見えてくるのだ。

その可能性について、実感を持って理解が深まるできごとがあった。

『青々とした日に』が終わってからアントン・チェーホフ『かもめ』のテキストを使用して藤原佳奈とワークショップをしたときのことだった。なるほどこれがもしかしたら「ひらく」のヒントかもしれないと実感した瞬間があったのだが、振り返るとその瞬間の自分が試みていたことは、まさにこの「自分自身と距離をとろう」とすることだった。

具体的な行為としては、せりふに書かれてある状況を想像することである。より正確に言えば役としてその状況を「思い出す」こと。

 

トレープレフ […]おっ母さんの客間には、よく天下のお歴々がずらり顔をならべたもんです──役者とか、文士とかね。そのなかで僕一人だけが、名も何もない雑魚なんだ。同席を許してもらえるのも、僕があの人の息子だからというだけのことに過ぎん。僕は一体誰だ?どこの何者だ?大学を三年で飛び出した。理由は、新聞や雑誌の社告によくある、例の「さる外部事情のため」って奴でさ。しかも、これっぱかりの才能もなし、一文だって金はなし、おまけに旅券にゃ──キーエフの町人と書いてある。なるほどうちの親父は、有名な役者じゃあったが、元をただせばキーエフの町人に違いない。といったわけで、おっ母さんの客間で、天下の名優や大作家れんが、仁慈の眼を僕にそそいでくれるごとに、僕はまるで、相手の視線でこっちの小っぽけさ加減を、計られてるみたいな気がした、──向うの気持ちを推量して、肩身の狭い思いをしたもんですよ……

チェーホフ著 神西清訳 『かもめ・ワーニャ叔父さん』 新潮文庫 1967年 P.17)

 

ワークショップ時に使用したせりふの一部である。

このときにわたくしが「思い出して」いたのは、おっ母さんの客間の間取りや家具の配置、流れる音楽や、たばこの煙や香水、食べ物やお酒なんかがあったかどうかについて、そこに集う人々について、そこで行われた会話について、その場の盛り上がり方、よくある社告を具体的にいくつか、そしてそれを読む人々の顔、自分の持つ旅券とそこに書かれた内容、また、(それが頭の片隅にへばりついたまま)客間に立ち尽くしているときに見聞きしていたもの、など。要は「自分の外側にあるもの」へ意識が向いていた。

これは、想像であるとも言える。しかし実際の行為としては、確かに「思い出して」いた。想像することと思い出すことはどちらも内面的行為という点では同じであるが、その意識の存在しようとする時間が、現在/未来であることと過去であることが相違点であると考えられる。

この思い出す内容の種類や具体性や解像度が上がれば上がるほど、対象(またはせりふそのもの)への実感をより濃く持てるのかもしれない。もちろんトレープレフとしてこのせりふを発話するためにはそれだけで十分だとは言わない。また別の行為や作業も必要であろう。

逆に意識を自分の内側に向けるとすると、「天下のお歴々」について自分がどう思っているのか、自分が何者かわからないことへの気持ち、大学を辞めた理由をこの文言を使って言うことの意味、才能も金もないことや身分のことについての気持ち、肩身の狭い思いをしている自分の気持ち、などを探すことになる。

ひょっとするとそういった感情といわれるようなものたちは、それそのものに注視していないときこそに、つまりはさまざまを「思い出した」結果として、必然的にあらわれる──あらわれてしまう──のではないかという可能性を思う。

結果。『筒編』でも用いた言葉である。芝居は、常に結果であることがいちばん良い状態なのではないか、と。

 

だからそのために新しく思い出し続けるのだ。そしてまた同じくして、現在を、世界を、発見し続けることも必要である。まさにいま何が見えるのか、何が聞こえるのか、相手の状態、立っている場所、空間の温度、さらには自分自身の体温、声、汗、着ているもの──たとえばそういったものごとを。

「自分自身と距離をとる」とは、自分の外側にあるもの、つまりは外的要因に意識の矢印を向け、最終的に自分自身をも外的要因のひとつとして捉えようとすることから始まると考えてみる。それはわたくしに『青々とした日に』で目撃し続けた「ひらいている」俳優たちの身体を想起させる。

ワークショップでこの内面的行為が行われていたときの自分の身体は、録画したものを見ても、そうでない時とは一目瞭然に違いがあった。

「思い出して」いた身体には、余白、があった。余白があるということは固定されきっていないということであり、言い換えれば変化の可能性や自由を持ち続けている身体であったと説明できる気がする。またそれは、ひとりで喋りながらも、誰か/何かとコミュニケーションを図ろうとする身体だったとも言えるのかもしれない。

 

ということは、『筒編』で言及した田中哲司氏の「溶けていくかのような」、いま考えるとあれこそが「ひらいて」いた身体だったのではないか。

なぜならわたくしは「[…]そしてやがては空気に溶け、その空気を舞台を観ている自分が吸い込んでいるかのような、あるいは空気となったそれに飲み込まれているかのような錯覚にすら陥いる瞬間があった。」と感じたのだから。

 

そうか。「筒」とは状態で、「ひらく」とは態度だと言えるのかもしれない。世界に在ろうとするときの態度。

 

「筒」である自分を「ひらく」。「ひらく」ために「筒」になる。

演技を以って、芝居をする。

 

ひらいたままとじることはできるが、とじたままひらくことはできない。まるで謎かけのような一文ではあるが、そうなのだ。

いや、もしかしたらとじたままひらくこともできるのかもしれないけれど、今のわたくしにはまだ、それに届く何かは見つけられていない。

 

 

安全と信頼

「ひらく」ことは、怖いことでもある。無防備さと隣り合わせにあるからだ。そしてその無防備さのすぐ側には、いつも危険が寄り添っている。

 

よく、「演技/芝居には俳優そのひと自身が出る」「嘘はつけない」という言葉を聞く。その通りだと思う。

これには様々な解釈の仕方があって、そのひと自身の身体のくせや声などを指している場合もあるが、しかし、いちばん出てしまうもの、嘘がつけないものは、「世界への態度」なのかもしれない。自分でもコントロールしきれないそれが、自分以外の、役という一種のペルソナを通して顕になってしまうのだから、演技をすることは恐ろしいことだ。さらにはより具体的に、自分でも隠しておきたいような醜さ、嫌いなところ、なおしたいと思っているところ──そういったものが自分ではない人物として立ったときに滲み出てしまった場合、演技をしながらそれをいじることはできない。なぜならそれは役ではなく自分のものであって、役として立っているときにその領域へ手を入れることは、その瞬間から役や戯曲を放棄することに繋がりかねないからだ。もしそういったものが露出してしまった場合は、そのまま受け入れるしか方法はないように思える。

そのことを、多くの俳優は知っている。だからこそ演技をする上では安全というものが確保されている必要がある。万が一その隠しておきたいことが露出してしまったとしても、また、それこそを魅力的だと、面白さだと評価されたとしても、それで俳優本人の尊厳が脅かされるようなことなどはないという安全が。

 

この「尊厳が脅かされない安全」の必要性は、日常においてもたいへんに重要なことである。

例えば誰かと会話を用いて対話を試みようとするとき、自分の選んだ言葉によって自分自身そのものをジャッジされたり、損得勘定や力関係などがうまれたり、相手を傷つけたり自分を傷つけられたりすることは必ず起きてしまう。どんなに注意深くあろうとしても、それらを完全に回避することはできないだろう。

しかしそんなことがあっても相手との関係が崩れない、自分自身が損なわれることがないという安全性が──信頼関係と呼ばれるものが──ある程度でもお互いに築かれている間柄であれば、そしてそれに遠慮なく頼れるような場にいることができているならば、ほんとうに話したいことへ辿り着ける。ほんとうに話したいこと。そのときに人は初めて、自分自身のまま、かつ、自分自身を危険に晒すことをせずに発話することができるのかもしれない。

 

『青々とした日に』で、ひとつ印象的だったエピソードがある。この作品では俳優の立ち位置や出ハケの方向はじめ、舞台上にある唯一の美術である箱馬の位置や動かすタイミングなどが、何ひとつとして決まってはいなかった。

劇中、いわゆる見せ場にもなるようなところで、それは起きた。

舞台上全体の照明は暗く、俳優を追うための照明もない。そんな中、さらに顔も見えなくなるような舞台の奥へと移動した俳優がいた。後で聞くと、意図的にそうしたのだったという。「相手役の人がどう動くかやってみた」という、ある種の実験的行為だったそうだ。

どのような意図だったのかと質問すると「相手役の俳優さんの顔が、客席に向いたらいいなと思った。それまでと違うルートを相手役が辿ったらどうなるのだろうと思ったのもある。自分の選択によってその先がどうなるのかを見たかった」と返ってきた。さらに、その考えだけでその選択をしたわけではなく、「今日は絶対に“ここ”な気がするという、ある種の直感が働いた」とも言っていた。なぜなら「それまで舞台上で積み重なってきた時間があったから」と。

もうひとつ。怖くなかったのかという問いへの答えは、まっすぐとした否だった。

 

どうしてあんなことができてしまったのかと考えたときに、「信頼」という言葉が浮かんだ。そしてそれを実行した俳優が持ち合わせていた「遊び心」。

自分の意志によってとられた行動でその先の全てが変わってしまうであろう可能性を選べること、選択することそのものが歓迎される環境であると知っていること。そしてその先がきっと続いていくであろうという予感、受け取って繋いでくれる誰かがいる、場があるという確信を持っていること。また自分も、今まで繋がってきたものの先にいるのだとわかっていること。

これらが行動にあらわれるときの背景にあるのは、もしかしたら、相手への、場への、そして戯曲への信頼ではないのだろうか。何を選択しても大丈夫である、安全であると思えることは、わたくしには信頼以外のなにものでもないと思えた。

その上で発揮される、まだ見ぬ一寸先の未来への期待による遊び心がもたらす、その瞬間の尊さ。

わたくしはあのシーンで起きたことを、そしてそのような瞬間があふれていたあの作品のことを、きっとこの先も忘れずにいるだろう。

 

信頼などという物理的に手につかむことのできないものを「これだ」と指し示したり言葉で縁取ることは、こう書きながらも非常に難しいことに思える。しかし、そうとしか言いようのないときがある。

まさにあれこそが、ひとつの信頼のかたちではなかったか。

演技や芝居などといったものは、目に見えない、実態がないとされるものを扱っている側面がある。それを証明することは非常に難しいことではあるが、しかし、それは在る。在るのだ。そして“在る”ためにまず必要なのは安全のためのコミュニケーションを続けることである。

究極的には安全というものは誰か/何かに提供されてはじめて成立するものであると考えるのは、少し無理がすぎるだろうか。だがしかし、もしそうであるのならば誰かの安全は自分自身こそが提供することができるはずだとも言えるかもしれない。

自分は、ここは、安全であると示すこと。示し、合うこと。示し合うことで安全性はより強固なものとなっていくし、そうしてしか始まれないものがある。

 

芝居とはもしかしたら、どうコミュニケーションをとるかをひたすら考え続けることでもあるのかもしれない。

 

 

暮らしの中で「ひらく」こと

調子の悪い日々があった。眠りから目が覚めても起き上がるまでに4時間5時間は優に超えてしまうし、そのくせ寝つくのにも時間がかかる。お風呂に入ることすらままならない。気分転換のために漫画を読んでいても、目は滑り、内容は頭に入らず、脈絡のない涙が突如としてこぼれてくる。仕事もないしお金もないし、そのくせ部屋はあらゆるもので溢れかえっている。行動したほうがいいことがわかっていても実際に動き出すエネルギーもない。何もできない。頑張るべきことは山ほどあるのに頑張る理由がない。いや、動こうとしない自分を何かしらで正当化して見ないふりをし続けている。甘えだと思う、努力ができない人間性に問題がある。住む場所があって着る服があって、今日を過ごすのには困らない環境にいるくせに何も頑張ろうとしない。なんの役にも立ちゃしない。せめて映画を観るなり本を読むなりすればいい、いやこれはやりたいことしかやらないということじゃないか。散らかった部屋を片付けなければ。封を開けてすらいない何かの書類を整理しなければ。料理なんていつが最後だったっけ。仕事をしたいのなら営業をしなければ。営業ってどうやって?仕事、俳優であるとはいったいなんだ、そうだ何か約束事があった気がする、期限のある何かもあった気もする、考えるべき問題が山積みだ、俳優うんぬん以前の問題が、だめだ、自分で自分をつくることすらできない、情けない、しんどい、どうしようもない。とは言えこのような状態は初めてではないし、なんだかんだどうにかやってきたし、まだやれる、どうにかなる、問題は自分にある、自分が変われば、頑張れば、耐えれば、何かしら時間が解決するはずだ、少なくとも今まではそうしてきた──。

 

ハッとした。

ただただ横になりながら過ごしていたある日のこと、友人から届いたメッセージの通知をぼんやりと眺めているときだった。

 

とじている。

 

何をしていても自分のことばかり考えている。

これは、完全に、とじている。

 

冷静に考えてみると、心や考え方がある程度でも健やかなときは、目が覚めたときに見える日の光、布団の中の温度、着る服や読む本に観る映画、よく連絡を取り合う友人の存在、外を歩くときに漂ってくる何かのにおいや街中の喧騒、すれ違うひと、風の音、空の色、生活のこと政治のこと、そのほか身近であるなし関係なくいろんなものごとに関心や感想があったし、実感を持っていた。

しかし、調子が悪いときの自分にとってそれらはただの事実であり現象であり、なんの実感も持てないものだった。自分の内側にばかり囚われ、外側のことを、世界を、まるで意識すらしなくなっていたのだ。

あの日々の始まりがいつで何がきっかけだったかなんてことはわからない。きっとさまざまの積み重ねなのだろうし、わかったところで、少なくとも原因のひとつとして直ぐに思い当たるものでさえ、すぐさま解決するわけでもない。

しかし「とじて」いると気づいてから──気づかせてもらってから──見えるものが変わり、考えることが変わった。この状態のまま足掻いていてもしかたがない。溺れないように暴れるのではなく、力を抜いていちど沈むなり浮くなりする必要がある。そのためにはとにかく、例えば腹を括ってしっかりと休み、例えば友人に相談し、例えば適切な病院へ行き、現状を受け入れて対処すること。そうしてから、世界を発見し直す必要がある。そう考えられるようになった。

 

世界を発見し直すこと。また発見し続け、さまざまな方法でコミュニケーションを試み続けること。

そしてその世界を、自分とそれ以外として分断してしまわないこと。積極的に動き続けなくてもよい。危険を感じたなら安全を求めて立ち止まってもよい。大切なのは、全てを終わりにしてしまわないことだ。

ひらかなければ、自分ひとりに閉じこもったままでせっかく発見したこの世界のどこにも在れはしない。そのどこかに在りたいと望むのならば、やることはきっと、自分の意志のもとにただ「ひらく」ことだ。

 

 

おわりに

こうやって文章を書き誰かに届くかもしれない場所に置くことを、とても怖いと感じる。

怖いというのは、これが誰かの目に触れるかもしれないことで自分自身をジャッジされる可能性がある、もっというと「ダメ」だと言われてしまう可能性があるということを知っているからである。それが例えば自分ではなく書かれた内容に向けられたものであると頭でわかっていたとしても、やはり怖い。

だからきっと、ジャッジする/される、消費する/される、“だけ”の関係ではないコミュニケーションをこそ求めようとするのだと思う。それはわたくしにとって全てを終わりにしないために必要なことだからだ。ふと、三木那由他氏著『言葉の展望台』にあった、

「家でひとり過ごすときだって本を読んだりネット記事を見たりはするし、そうしたらそこには言葉があって、誰かから私に向けられたコミュニケーションがあります。」

(三木那由他 『言葉の展望台』 講談社 2022年 「はじめに」 P.001)

という一文を思い出す。

 

そして正直なところこのように『演技論』などと掲げて文章を書くことを恥ずかしいという思いもある。恥ずかしいと思っているということすら書き記すことも恥ずかしい。しかしどんなかたちであれ、演技や芝居などについて考えることや書くことそのものを、何にも恥じる必要などないはずだ。

だがそうやって恥ずかしいと思うのは結局、他者にどう捉えられるのかということやどういう自分でありたいのかということ“ばかり”を気にして、隠そうとしていることの表れなのかもしれない。こんなに長々とくどくど書いたのだから少しでもよく見られたい、おもしろいと思われたい、何かの役に立ちたい、評価されたい、俳優として価値があるとどうにかしてせめて自分だけでもそう思えたらいいのに。そういった気持ちを自ら「ダメ」なものとしてジャッジし、隠そうとしていることの表れ。

もはやそれだって、とじているのかもしれない。怖いもんは怖いし恥ずかしいもんは恥ずかしい。それで良い。ちがうな、良いとか悪いとかではない。そうである、のだ。どうしたって考え続けてしまうのだし、書きたいから書くのだし、そしてできれば、それを通してさまざまに繋がりたいと思うのだ。ひらいていたい。

 

そういった意味で、この記事を書くことはわたくしにとって「ひらく」ためへの一歩なのかもしれないし、ひらかれる場に成るのかもしれない。いや、もしかしたらそうなりますようにと、少しばかりの願いと期待を込めて終わることとする。

 

 

 

平野鈴(ひらのれい)

俳優。フリーランス

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